私の親友

  • 2021.05.28
  • ‘20210713’
  • 人生
私の親友

私は東京に越してきてもう10年以上になりますが、高校1年のときからの「ほんとうの親友」に引っ越すわ!みたいなノリで告げてから横浜を離れました。

高校のときからずっといつも一緒で、大人になっても毎週末にファミレスで夕飯して、いつも一緒なので、特別な会話もなくてw

なんか一緒にいるだけで、なんか安心というか、1週間仕事してのんびり過ごせる時間でした。

ただ彼は下戸でw その頃、酒飲みだった私でしたが、交代で車を出して食事に行ってたので、私も彼の前で飲酒をしたことがありませんでした。

彼には、私が引っ越すときに、横浜から千石(KDDIに勤めてた頃)まで通うのはきついって言ってあったので、彼は私の転居は一時的なものでいつかまた故郷に帰ってくると思っていたのではないかと思っていたのだと思います。

私はた多忙な仕事で一杯一杯の生活をしていたので、彼と携帯で話すことすら忘れてしまっている状況が続き、あっという間に10年以上が経ってしまいました。

母が亡くなったとき、お線香をあげに行きたいと連絡があったのですが、私は断わってしまいました。

その頃、母の位牌がある父の家では、父が母が亡くなってからまたアルコール依存がすごくなって、とても他人には見せられない状態でした。

深夜自宅でウイスキーを浴びるほど飲み、家の中をめちゃくちゃにして、外を徘徊して転倒して、倒れるときに手がでなかったらしく顔面からアスファルトにいっちゃって・・

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私は某法律の国家試験の直前で、模擬試験では安定合格圏内というでしたのですが、、

受検できる状況ではありませんでした。

毎晩のように深夜になって警察から迎えに来いという連絡が。

すみません、下らん話しになってしまいました。

とにかく私は子供の頃から酒飲んで暴れる父が嫌いだったので、同居する気などまったくありませんでしたし。

もう数カ月になりますか、私の夢の中に親友の彼がでてきました。

私は必死になって彼に詫び、ことの顛末を話したのですが、、

顔色ひとつ変えません。

あぁ、やっぱりこんな私は許されないんだなと。

彼に当時なぜお線香をあげに来てくれることを拒んだのか、親友だからこそ、あの惨状を見せたくなかったとうことを必死に話しました。

そして、私が全てを話し終えたあとに、うなだれる私の肩をトントンって優しくたたいてくれたのです。

私はびっくりして彼の顔を見上げると、当時と同じとても穏やかで優しい顔で微笑んでくれたのです。
「大丈夫だよ、もう顔をあげろって」と。

私は急に大声で泣き出してしまいました。

どれぐらい泣いたのでしょうか。

息子が心配して「パパ!どうしたんだよ!」と起こしてくれたとき、私の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていました。

眠っている間にこんなに号泣したのは初めてでした。

それからまだ彼に連絡もしていません。

携帯番号も変わっているし、引越しもした感じです。

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